三菱商事株式会社(以下、三菱商事)は、国内外に事業を展開する日本の総合商社です。同社は、人材を最大の資産と位置づけ、人材戦略、エンゲージメント強化、キャリア開発支援など、人的資本の価値最大化に向けた多岐に渡る施策を展開しています。
2024年6月、三菱商事はそれらの一環として、リーダーシップ&チーム力強化研修「MINABEST」(みなベスト)への参加と、YeeY共同創業者/代表取締役・島田由香の次世代リーダー研修への登壇をご依頼くださいました。本記事では、依頼の背景と実施内容について、人事部 人材開発チームリーダー (兼)ヒューマンリンク株式会社* 人材・組織開発本部長 藤田 洋平さん にお話を聞きました。
*三菱商事のグループ会社。人材・組織開発、人事戦略・制度、グローバル人事領域において、各種コンサルティングから実務オペレーションまで、トータルソリューションサービスを提供する人事ソリューション・サービスプロバイダー。会社概要|ヒューマンリンク株式会社
変えたいという思いが伝わり、スムーズに導入が決まった
——はじめに、今回リーダーシップ&チーム力強化研修「MINABEST(みなベスト)」に参加してくださった背景を教えてください。
藤田:
前提の部分からになるのですが、現在、人事部では「挑戦と共創」を後押しする組織風土の醸成を目指しています。
研修の導入を決める少し前に、複数社合同研修SHIMA-NAGASHIに私の上長である田中(田中 啓介さん)が単独で参加していました。SHIMA-NAGASHIは株式会社風と土とが主催する「心を動かすリーダーシップを培う研修プログラム」で、島根県の隠岐の島で実施されています。島田さんは、SHIMA-NAGASHIにプログラムアドバイザーとして参画されていました。
田中からは、大自然の中で他社の経営者・経営幹部の皆さんと一緒に2泊3日を共にし、力みのない対話を重ねあうことで、自らが成し遂げたいことは何なのか、自らにとって働く意味とは何なのか等、今まで経験したことがない内省と気づきを得て、改めて自分が三菱商事で使命感をもって挑んでいきたいことを考え直す機会になったと聞いています。
現在人事部では、各界の著名人をお招きしたセミナーなど社員の“挑戦する心”を喚起・応援する機会を設けています。田中のSHIMA-NAGASHIでの実体験に基づく感覚もあり、「挑戦と共創」を実現するための一つのアプローチとして、内省を通じて、自然な形で湧き上がる自身の想い、内発的動機(マインド)を改めて考え直すことは効果的なのではないかと仮説を持ちました。すなわち社員が三菱商事で実現したいこと、自身の使命(内発的動機)を意識して言語化すること、それが挑戦する心につながるのではないか、という仮説です。そんなタイミングで島田さんから法人向け研修MINABESTの誘いを受けたのが、今回の研修参加のきっかけでした。
島田:MINABESTでは、組織の構成要素である一個人のリーダーシップのみならず、チームとしての強みを強化し効果を発揮することをサポートします。そのために、いつものオフィスや会議室ではなく自然の中で、いつもいる都会ではなく地域で、見えるもの聞こえるもの、感じるものを変えて実施します。頭ではなく体と心を使い、いつもやっていないことを体験することから得られる気づき、つまり“身体知”からの学びを基軸においています。展開場所であるみなべ町は日本一の梅の産地であり、同町の主要一次産業に従事する梅農家さんと直接触れて、実際に作業することで地域貢献につながることもプログラムの大事なポイントになっています。この研修のベースとなっているのが、人手不足という課題に直面する梅産業と、都会からのワーケーション人材をつなぐ「梅収穫ワーケーション」です。過去3年でのべ約1,000人が参加し、参加者個人のウェルビーイングの向上とともにチームづくりにも活かしていただいてきています。
MINABESTでは、梅収穫作業からの気づきと内省をベースにまず自己対話を深め、そのことによりメンバーとの関係性を改めて捉え直し、チームとしてこれからどうありたいかを全員で感じ、考え、アクションすることへと伴走します。自分の内側とつながる時間を通して、個人リーダーシップの発揮が加速し、同じ経験を共有することでメンバーとのつながりを体感することで関係性の強化が実現します。
——今回、比較的スムーズに研修の実施が決定しました。どうしてでしょうか。
藤田:先ほどのお話にもつながる部分ですが、社員が三菱商事で実現したいこと、自身の使命(内発的動機)について内省し、言語化するために、SHIMA-NAGASHIやMINABESTは一つの有効な打ち手になるかもしれないと感じていました。
加えて、島田さんと話していると、自分の気持ちが“上がる”んですよね。理屈ではなく、ポジティブになって、テンションも上がる。そして、島田さんが社会を変えたいという熱い思いを持って取り組んでいるのが端々から伝わってきていました。
私たち人材開発チームも同じように、自社を、ひいては自社から世界を変えたいと思っています。島田さんにお手伝いいただくことで、まずは自社を良くしていけるのではと思った。それで、「行かせてください」と社内でかけあいました。島田さんからいただいた熱量が、私を通して社内にも伝播したのかもしれません。すぐに上司からは「行ってこい」と返事があったんですよね。それで、自分を含む8名のチームで拠点となる37base(みなベース)のある和歌山県に伺いました。
島田:外から見ていると、三菱商事の部長やリーダーの間には、チームビルディングや内省の重要性がすでに根付いているように感じます。部長やリーダーに共通の思想が無ければ研修導入のハードルは高くなってしまいますが、「人材育成には投資をすべきだ」「リーダーはこうあるべきだ」という姿勢が共通していたため、導入もスムーズだったのではないでしょうか。
「なんのために?」に向き合い、自分なりの価値を見出すワーク
——実際の研修の内容を教えてください。
島田:今回三菱商事の人材開発チームの皆さまには、1泊2日のコースを受講してもらいました。1日目は、チームビルディングのための強み発見ワークショップと梅収穫の作業を、2日目は梅収穫作業からの気づきの共有を通して、自分自身ならびにメンバーの強みの発見を中心に進めていきました。ただ、今回研修の冒頭から飛行機が欠航になるというトラブルがあったんですよね。
藤田:そうでしたね。せっかく組んでいただいたスケジュールが最初から崩れてしまう、どうしよう…と思いました。でも、欠航になってしまったのであればそれに合わせて自分たちの行動を変えるしかない。すぐに次の便を手配し、搭乗時刻までに何をすべきか、相談させてもらいました。
島田:事前に強み診断ツール「VIA-IS*」を受講してもらい、その受講結果を参考に全員と事前の1on1を実施していました。せっかくなので、この搭乗までの2時間を使って、VIA-ISの結果を元に「チームの力を高めるワークショップ」をしよう!と。私個人としては、このトラブルを通して、藤田さんのチームの在り方が非常によく見えたと感じたんですよね。トラブルが起きても動揺せず、冷静に力を合わせて次の一手を前向きに考えられる。普段からチーム力の強化に力を尽くしているからこそだと感じました。結果論ではありますが、梅収穫作業の前に皆さんと踏み込んだ話ができて、「今日はこんないいチームと一緒に研修ができるんだ」とワクワク感がますます高まったのをよく覚えています。
*強み診断ツール「VIA-IS*」:ポジティブ心理学の大家マーティン・セリグマン博士らが開発した強み診断テスト。これを活用して個人のウェルビーイングを高めたり、チームのパフォーマンス・コミュニケーションを高めることができます。詳細は、YeeY主催 ポジティブ心理学ワークショップで学んでいただけます。
——その後は、37base(みなベース)でマインドフルネスワークショップ・梅収穫作業などが行われました。実際に体験してみていかがでしたか?
藤田:今回のような体験を通した研修は初めてでした。これまでは、座学でハウツーを学び、それをいかに上手に実践するか、という型で学びを深めるというスタイルの研修が主流でしたが、型があると、どうしてもそれに従って動きたくなってしまう。
一方、今回の研修では「考える」「自己と向き合う」「他者と共有する」という時間が多くありました。すると、モヤモヤをあえて体系化せずにそのまま出してみる、言葉にできないものを共有してみる、という体験ができる。それらを通して、自分が見てきたのとは違う世界があるんだと気づけた。今まで理論を拠り所にして生きていましたが、それだけではないんだとガーンと衝撃を受けたというか。
島田:ひとつの型を学ぶと、その型を基本にしながら様々なことができるようになっていきます。しかし、型を適用できるのは限られたパターンだけで、パターンとパターンの間にある隙間には使えない。今回のような型破りな経験があると、型の適用できる範囲を越境したことになるんですよね。型が破られると、自分自身の殻も破れる。殻の中に閉じこもり、自分の枠の中で生きていると安心できますが、思い切ってそれを破ってみると世界は広いと気づくと思います。枠じゃなくてワクワクを考えられるようになります。
藤田:でも、どうして型を破るための手段が「梅」だったんでしょう。
島田:梅収穫って、すごくシンプルな作業なんです。ただただ無心に梅をタモ(網)で拾いまくる。普段都心のオフィスで座ってPCに向き合っている人たちにとっては、そのシンプルさがすごく新鮮な体験になります。ですのでスタートして最初の頃は「いつもと違う体験だ!面白い!」となるんです。
ところが、ある程度の時間続けてやっているとふと「私、何をやっているんだろう?」と考えるようになる。毎年梅の収穫を手伝わせていただいている私でさえ未だに「毎日毎日梅を拾って、私、何やっているんだろう」と思うときがあるくらいですから。でも、「何をやっているんだろう?」に向き合ううちに、そのうちある瞬間に考えることがなくなり、梅だけを見てただただ手足を動かし、疲れも時間も感覚が無くなって淡々と梅を拾い続ける瞬間を体験します。フロー、つまり“没入”という状態です。フロー状態を脳が経験することで、それぞれが自分なりの意味を見出し、たくさんのことに気づいていくんです。
没入できる何かがある幸せ。自分の“ひとすくい”が確実に梅農家さんの役に立っているんだという実感。そして、梅農家さんやチームメンバーからもらえる心から「ありがとう」の言葉。オフィスでの仕事は、やって当然だと思われてしまうことも多く、改善点に対してのフィードバックばかりになりがちです。梅収穫作業に従事することによる「貢献」「感謝」といった体験を通して得られる、全身(体と心)で感じられる喜びがもたらされます。それが、自己肯定感を確かなものとし、自分を信じることになり、自身の殻を破ることに繋がっていくのだと思っています。
その感覚をオフィスに持ち帰ってほしくて、MINABESTの研修では梅収穫作業を軸に据えています。一説によると、脳は時系列を理解できないと言われています。だからきっと、梅収穫作業を思い出すとそのときの感覚に戻れるはず。その感覚をもって、オフィスでの仕事にも没入してほしいと願っています。
会社で仕事をしていても、ふと「何をやっているんだろう」と思う日もきっとあると思います。でも、今打ち込んでいる文字も、Excelでの作業も、すべて誰かの役に立っています。成果が形にならなくても、作ったものの先にいる人の顔が見えなくても、必ず世の中の誰かの役に立っています。だからあなたの仕事が存在しているのです。リーダーはそれをメンバーに伝える役割を持っていますが、リーダー自身がそれに気づけていなければ伝えられないですよね。そのための第一歩を、まずリーダーから梅収穫作業を通して踏み出してほしいですね。
藤田:研修後の振り返りでは、「もっと現場に入り込んで収穫作業をしたかった」「気持ちが変わり始めた段階で帰宅してしまった感覚だったので、時間が足りなく思えた」という感想も多くありました。没入感を得てくれたからこそなのかなと感じています。
島田:うれしいですね。個人的には「もっとやりたかった!」くらいで終われるのがいいと思うんです。そうするときっと、次の夏に体験して、没入感を得る体験を何度もしてくれる。身体でしかわからない体験なので、ぜひこの研修だけで終わらずに、何度も足を運んでみてほしいと思っています。
研修での学びを会社全体へ、そして社会全体へ。研修後に起きた変化
——MINABESTから約4ヶ月(取材時)。チームにはどのような変化がありましたか?
藤田:この1年、私たちのチームには異動などで様々なバックグラウンドを持つメンバーが集まるようになりました。現場で多様な経験を積んだメンバーがいるからこそ、みんなで意見しながら組織を作ってきました。もともと「いろんなやり方があっていい」という考え方がチームの土壌としてあった中に重ねてあの研修があったので、「型にはまらずいろんなことを考えなければいけないよね」という目線合わせが自然とできたように思います。
あの研修以降、一見「なにそれ?」と思えるような意見が出てきても、まずはみんなで耳を傾ける、というチームになってきました。そして、「そんな意見もあるんだね!」と受け止めたり、称賛したり。このエネルギーを、人事部とヒューマンリンク㈱を通じて、三菱商事・三菱商事グループ全体にどんどん広め、使っていきたいと思っています。三菱商事・三菱商事グループ全体へ、その先にある社会への影響を考えながら変革を与えていくのが私たちの使命だと、チーム全体に浸透してきたように思います。
島田:素晴らしいですね。この体験を通した人には「つべこべ言わず来て」という言葉の意味がわかると思うんです。ビジネスをしているとどうしても、「データをください」「根拠は何ですか」と問われるシーンも多いですよね。でも、梅収穫作業で得たような言語化できないけれど体が知っている実体を伴う良い体験を持っていると「全部は説明できないけれどまずチャレンジしてみよう」という意思決定ができるようになるシーンもあるのでは、と思っています。
自分自身が体験し、越境するからこそ、背中を見せられる。三菱商事の社員には柔軟性や好奇心があられると強く感じます。入り口は“半強制的に”研修を受けているのかもしれませんが、受けながらどんどん主体的になってくださり、それを組織に還元してくださっている。組織を変えていける可能性を大いに秘めた皆さんだと感じています。
藤田:そうですね。もちろん、ビジネスにおいては、理論や型も必要です。ただ、そこに拘るあまり、自分の気持ちに蓋をして、失敗や型を破ることを恐れて現状に留まってしまうことがある。人事部としては、必要な場面で枠を飛び出す、その勇気ある一歩を応援することも必要だと思っています。そして、そういう仲間を支え、自らも好奇心を持って高い目標に挑み、互いに高めあうことで、多様性に満ちた強い組織が生まれるのではないかと感じています。
実は、私たちの経験や気づきを踏まえ、社内で改めて議論をし、トライアルという形になりますが、2025年度からSHIMA-NAGASHIと、MINABEST同様に島田さんが監修されているTUNAGU(※)にわが社社員の派遣を予定しています。非日常空間(自然豊かな離島等)において五感をフルに活用しながら「内省⇒対話(言語化)⇒腹落ち」を繰り返す体験を通じて、受講者自身は勿論、研修から帰ってきた受講者の挑戦心が周囲に伝播し、組織に「挑戦と共創」を生み出すマインドが広がるような施策になればと思っています。
(※)4日間または7日間の自律人材×地域活性化につながるウェルビーイングに軸を置いた人材育成プログラム。地域でのさまざまな体験や交流を通じて、都市・地域の人々に潜在する情熱の着火を促し、行動の薪をくべて、参加者がもつ情熱の炎を行動へとつなぎストーリーある生き方を創造する。
島田:
——MINABEST実施後、三菱商事社内での次世代リーダー育成研修(MC経営塾)にも島田を招待いただきました。その研修に対しての反応はいかがでしたか?
藤田:MC経営塾には、ぜひお呼びしたいと私が声を挙げ、島田さんに参加いただきました。MINABESTで得た感覚を、私たちのチームだけではなく、会社のリーダー全体にも届けたい、と思ったんですよね。
島田:参加してみて、三菱商事のリーダー陣は皆さん吸収が非常に早いと感じました。リーダーには、これまで組織を牽引していた型があります。そのため、新しいことをお伝えしても納得できない表情をされたり、最後の最後まで「受け入れないぞ!」という姿勢を示される方もいたりします。
そんな中で、三菱商事の皆さんには「学ぼう」「得よう」という姿勢があり、同時に弱さやもろさも開示してくれました。自分の弱みをさらけだして信頼関係を構築するスタイルをオーセンティックリーダーシップと呼びますが、たった1時間半の研修でそれを体現できるようになるのは、本当にすごいことだと思っています。
藤田:受講後、「自分のウェルビーイングを高める重要性に気づけた」という感想を残すリーダーが多かった点が印象的でした。仕事を第一優先にして結果を残さなければと思ってしまうが、リーダーだからこそそれだけではいけないんだ…と。
島田:それを意識できるリーダーがたくさんいると、現場の雰囲気は大きく変わってきますよね。私自身もとても楽しく取り組ませていただいた、MINABESTと次世代リーダーへ向けたウェルビーイング/ポジティブ心理学研修。改めて、藤田さんのご感想もお聞きしたいです。
藤田:島田さんの2つの研修を通して、自分自身を大切にすること、それがより良い未来を切り拓くのに重要な原動力になることを学べたように思います。まずはリーダーがいい状態にある点が重要で、“いい状態”が互いに伝播し合って、組織が強くなり、世の中が変わり、社会に影響を与え続けられるのだと改めて感じました。
島田:そうですね。藤田さんのおっしゃる通り、リーダーが変われば組織は変わります。でも、リーダーに限らず、組織の中に本気の人が一人でもいればいい。「本気の人」を生み出すためにも、「本気の人」の本気を伝播するためにも、YeeYはお役に立てると思います。企業の状態を良くするために、企業研修は非常に重要なファクターのひとつです。ぜひまた、ご一緒させていただけると嬉しいです。
株式会社YeeYでは、ウェルビーイング経営実現のためのコンサルティングやCWOとして意思決定への参画、また、経営幹部向けのコーチサルティングや組織文化の構築支援、人材開発ワークショップ、ウェルビーイングドリブンな事業開発など、企業のWXをともに実現するご支援を行なっています。
ウェルビーイング・ポジティブ心理学研修や、ワーケーションを通じた実地研修については、こちらからお問い合わせください。
【 info@yeey.co 】
また、個人向けの「ウェルビーイング実践ポジティブ心理学ワークショップ」も定期開催しています。個別相談会も実施しておりますので、お気軽にお声がけください。
【 https://positivepsychology.yeey.co/ 】